夏至



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紫陽花の名所と言われる観光地へわざわざ出向かなくても、すぐそのあたりの住宅街や駐車場脇や大通り沿いに、ハッと息を飲むような美しさの紫陽花が咲いている。


休憩の気分転換や、移動の通りすがりに、さりげなくふわっと心が癒される。花というものはそこに存在しているだけで、人の心をふわっとさせてしまうチカラがある。いつもいつも凄いなぁと思う。



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若々しく元気いっぱいの美しさとはまた別の、枯れた状態の花にもまた、そこにしかない独特の美しさがある。それはまるでとことん使い込まれた古い古いお抹茶碗のようでもある。


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そういえば 私がまだ10代の若かりし頃、白髭をたくわえたアメリカ人のおじいちゃん先生宅で英会話を習っていた。元々NASAでヨガを教えていた方で、ついでにヨガを教えてくれたり、広大な米軍基地の敷地内ではこっそり車の運転も教えてくれた。

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先生のお誕生日には、友人と連名で小さな花束をプレゼントした。しばらくすると、先生宅の花瓶に生けられたその花束にもチラホラと枯れた葉や花が入り混じり始めた。


何の迷いもなく、枯れた部分を整理して千切り捨てようとした私に、先生が「枯れた部分はそのままにしておいていいよ。枯れた部分も枯れてない部分もそれぞれに美しいから」と言った。




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そう言われて、たぶん当時の私はこんな顔(?_?)をしていたに違いない。あれから20年……だいぶ時間がかかってしまったけど、あの時の先生の言葉の意味が、今なら分かる気がする。


そんな美意識の変化に関しては、まだ2年やそこらだけど茶道を学び始めたことも少なからず影響しているのかもしれない。

by NANA




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by 7satake | 2018-06-21 00:46 | LIFE | Comments(0)